ハーバル・ミネラルのひみつ

ハーブの力で身体をやさしくリフレッシュ!
アンチエイジングのために、さまざまな健康に関する情報を提供します。
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食育基本法
狂牛病や汚染米、偽装食材などの事件が相次ぎ、食に対する国民の不安がもたらしたため2005年に食育基本法が制定され、学校給食への地場産物の使用、食事バランスガイドに沿った食生活の割合などが定められ、これに基づいて食育推進基本計画なるものが決定されました。
これに対し食生活の専門家である河合知子博士が異論を唱えておられます。家族単位で取組むべき食事を、政府が国民運動として旗ふりをするのは非常に危ういことだと言うのが博士の主張です。
そもそも誰もが不安なく物を食べられるようにするのは国の責任であり、食に対して学ばなければ被害に遭うぞと言うように、国民に責任転嫁するのは全く理解出来ないと言われるのです。
多くの食材を海外からの輸入に頼っているわが国の現状では、輸入される食品の安全性や品質に対して、より厳密な管理をすることこそ、行政機関に取り組んで欲しい課題ではないでしょうか。
食 育
「今どきの子供たちは、おにぎりはコンビニで買うもの、お茶はペットボトルで飲むものと思っている。急須でお茶を入れれば僅か数円で足りるのに。」 河合知子博士はこうも言っています。
加工食品や調理済みの総菜や弁当、ファミレスやレストランなど、食生活そのものがビジネスの渦に巻き込まれ、食べ物はもはや買うものとなって来ています。何でもお金で手に入る都会の発想が国中に広がっています。
祖母がぬかみそを漬けているのを見て、「何を隠しているの?」と訊く子供もいるとか。
食の安全もラベルの消費期限が頼りで、以前の様に目で見て判断したり、舐めたりかじったりして自分で確かめることがなくなって来ました。その意味で、人間はもはや動物としての本来持ち合わせている触覚が大きく後退しているのです。
知り合いの子供の通う、食育に熱心な保育園では、田植えやソラマメの皮むきを園児に体験させているそうです。
教育においては、成分、効能などの知識を教えるのではなく、生活に密着した体験をさせ、崩れ行く日本の食文化に一日も早く歯止めを掛けてもらいたいと思います。
G M −2
アメリカン・ドリームの象徴でもあったCadillacも、地に落ちた存在となってしまいました。
「栄枯盛衰常ならず」GMも例外ではなかった。環境重視の時代に、石油をジャブジャブ撒き散らす自動車が、何時までもこの世を謳歌していられる筈はありません。
ハリウッドの全盛時代、アメリカが最も輝いていた60年代に、ニューヨークからワシントンにまで車で走ったことがあります。日本ではやっと自家用車、それも500CC 前後の国民車が普及し始めた頃でした。
途中Baltimore 郊外で、用済みの車が大きな山の様に捨てられているのを見て、車まで使い捨てなのかと、当時は肝を潰したものでした。
その後の時代の変化に付いて行けなかった、付いていこうとしなかったGM。
GM再生に際しては、地球環境を配慮した省資源・資源再生を軸にした、新しい自動車の世界を築いていってもらいたいものです。
イチロー選手
マリナーズのイチロー選手が、今年もシーズン200本安打の連続記録に挑戦しています。そのイチロー選手が最近出てくるTVコマーシャルに次のようなものがあります。

「イチローは、同じ毎日を繰り返しているのに、何故未来を作れるのか?」
「確かな一歩の積み重ねでしか、遠くには行けない。」
私たちの健康管理にも同じことが言えそうです。

近年、世界的な土壌の疲弊や養殖・栽培などの量産化によって、食材の栄養素が激減していることが取り沙汰されています。その上、毒物入り餃子や偽装食品事件などが身近なところで発生し、食品加工をする業者が食材の安全管理上、健康に必要な微量栄養素まで取り去っていることが危惧されます。
一方、食材から摂ることが難しい様々な物質を補うのが、サプリメントであることがようやく認識されるようになって来ました。摂取困難なものの筆頭は「ミネラル」です。他の有機栄養素は体内で作ることの出来るものが多いのですが、無機物であるミネラルは、外部から取り入れるしか方法がありません。

人間は本来、植物からミネラルを摂取していました。肥沃な土壌に育った野菜には、数十種類に及ぶ微量ミネラルが含まれており、それを毎日食べ続けることによって、自然治癒力や免疫力を養って来たのです。しかし、今日の環境はそれを不可能にしています。サプリメントから摂取するのが最も賢明な方法になりました。

ミネラルは植物に限ります。人体に同化し易いからです。また、一度にたくさん摂取することは無駄です。人体は必要なもの以外はそのまま排泄するからです。

HERBESTの商品は良質の植物ミネラルを供給します。毎日摂り続けること、その積み重ねによって、はじめて自然治癒力や免疫力を強化することができ、疾病に強い体質にして行くことが出来るのです。
G M
みのもんた氏の「朝ズバ」でのクイズ、「KY」と「GM」とは何か?KY「空気を読めない」は分かりましたが、GM「現場が見えない」は初めて聞きました。
会社の専用機でやって来たBIG3のCEO達が、「帰りはコマーシャル機で帰る気はあるか?」と質問されて、ダンマリを決め込んだ光景が思い出されました。“GM”とは、現場が見えないCEO達に引っ掛けたのですね、納得。
「自分の取った票は53%だったが、マケイン氏も47%取っている。政策は超党派で取り組むべき。」と述べたオバマ氏は、実に素晴らしい見識です。
翻って麻生総理率いるわが国の与党は、母子手当を廃止してマンガ博物館を作る、野党との対立を重ねるなど、旧来の手法に失望している方も多いかと思います。
麻生、鳩山党首会談 では肝心の経済危機、北朝鮮の核問題への対応などについての議論は深まらなかった模様です。
上に立つ人物には、世界の現場を見て、明日の日本の国家像を作って貰いたいものです。
高齢ドライバー
運転免許を取得する人口が減っているそうです。小中学校の児童の減少が取沙汰されている中で、自動車教習所に通う人が少なくなるのは必然的なことと言えます。そう言えば自動車教習所には、動いていない車がたくさん並んでいるのが目に付きます。教習所の経営が成り立たなくなって来た為に、今度は年寄りに目を付け、70歳以上のドライバーから再講料を頂戴して一息ついていると言うことです。うまいことを考えたものです。

高齢者の事故が増えていると言うのが、この制度の主旨として説明されますが、若い人が減少しているの、免許証保持者の比率ではどうか、と言う問いには答えが出て来ません。該当者はみな腑に落ちないまま受講しています。行政を動かしてそうした法律を作るのは他にも多くの例があり、この国のビジネスのパターンなのでしょう。やがては若い人全員に免許証を持たせるべく、安易にドライバーを増やすようになることが心配されます。

また、最近は自転車の事故も多いと聞きます。お年寄りや障害を持った歩行者が多い上に、かなりのスピードで歩道を走る自転車が多いからです。自転車道が無い所で自転車が歩道を走るのは悪くはありませんが、徐行のみに限定し、スピードを出して走る場合には車道を走って貰う必要があります。そうなると今度は自動車と自転車との事故が問題になりそうですが、、、。

いずれにしても、交通事故は人を不幸に陥れることになるので、免許証の交付が安易に陥って欲しくないものです。「車は走る凶器」なのですから。
傷なめて
薄毛で悩む人に朗報?−−名古屋市立大大学院の岡嶋研二教授(55)=展開医科学専攻=と原田直明准教授(41)=同=が、唾液(だえき)に含まれる糖の一種「シアル酸」に育毛効果があることを発見しました。

俳人の茨木和生さんの句に「傷なめて 母は全能 桃の花」と言うのがあります。
子供の頃、母親がチチンプイプイとお呪いを唱えながら付けてくれた唾液は、最高の治療薬であったのでしょう。

昔は子供が転んで足や手を擦りむいたり、いたずらして傷を付けた時などには、誰に教わるでもなく自分で患部に唾をつけたものでした。イヌやネコなどの動物たちも、毛繕いや傷の手当などで舐めているのをよく見掛けます。

唾液には、澱粉を分解するβ−アミラーゼを含む消化液として知られる他、ラクトフェリン、免疫グロブリンなどの酵素や蛋白質により、腔内の洗浄、排泄の他、殺菌、抗菌などの保護作用のあることが知られています。人間を始め動物たちは、こうした科学的根拠を知らない大昔から、本能的に唾液による応急手当を行って来たのです。

近頃では、洗浄、消毒、止血などの薬品が普及し、ちょっとした傷でも唾をつけるような原始的な手当をする人はついぞ見掛けなくなりました。唾液にはそうした効能の他に、細菌類などがたくさん含まれているので、免疫力、自然治癒力の醸成に大いに役立っていたと思われます。現代人の自然治癒力が大きく低下している原因の一つかも知れません。

私たちの身体の自然治癒力、またその元となる免疫力は、植物に含まれる多くのミネラル群によって得られます。土壌の荒廃が進んだ今日、通常の食材からでは生の植物ミネラルを十分に摂ることはできません。免疫力の少ない若い人ほど良質のミネラル・サプリメントを摂らなければならない時代と言えるのです。

「傷なめて 傷あまかりし 寒ひでり」  能村登四郎
サプリメントの効能
昔の同僚と久しぶりに電話で話をしました。やはりお互いに年を取ってくると、話題は自然と健康の話に及びます。

私がやっているサプリメントのビジネスはどうかと聞かれたので、
「世の中のサプリメントの99%は怪しいんじゃないか」と言ったら、同じ事を医者から言われたと言うのです。
彼は昨年、少々体調を崩して、身体に気になる箇所があるらしく、テレビで盛んに宣伝している「××××」とか言う軟骨を強化するサプリメントを摂ることにしたそうです。

私が、「確かに軟骨を形成する成分は入っているだろうが、だからと言ってそれを摂ることと軟骨が強化されることとは別の問題だよ」と言ったら、「医者もそう言い、自分でもそう思うが、まあ気休めだよ」と言う返事が返って来たのです。

仮に、ある組織を形成する成分を摂ることによってその組織が強化されるとしたら、カルシュウムを摂れば骨が強化されて骨粗鬆症が治ることになり、血管を形成する成分を摂れば動脈硬化や脳出血を防止できることになります。私たちの身体がそんなに簡単に出来ていたら、スポーツ選手が肘や膝の手術をしたり、競技生活を断念したりする必要がなくなります。

病気の原因をスポットで処置する外科的療法の目覚しい進歩に比べ、病因の判らないものへの対処は、今のところ伝統医療に頼るところが多く、最近では科学的診療と併せて、漢方(中医学)やハーバル(ナチュロパシー)などの伝統医療を研究されているお医者さんが増えています。

健康の基本は、やはり免疫力と自然治癒力を強化することにあって、こうした目的の良質のサプリメントが薬品の効能を一層高めてくれるのです。
長寿食
世界の長寿地域とされる地域には、それぞれ固有の伝統食があるそうです。例えば,長寿で有名なコーカサス地方では、焼いて脂を落とした肉料理の「シシカバブ」や長時問煮て脂を抜いた肉料理の「ハシュラマ」があります。

シルクロードのトルファンでは、綿実油で炒めた羊のもも肉とニンジンをたくさん入れた炊き込みご飯の「ポロー」があり、中国の長寿と言われる各地にも自然の恵みそのままの味を生かした料理があるそうです。わが国の長寿県である沖縄には、豆腐と緑黄色野菜と豚肉を炒める、ご存知「チャンプル」があります。

長寿食すなわち健康食なのでしょうが、やはりその土地、その地域の人にマッチした食物であることには間違いなく、他の地域の人が食しても直ちに健康に繋がると言うものでもないようです。エスキモーのように酷寒の地に住む人が採る食事には、その地に適した食材が備わっているのと同じです。
異国に育った作物や果実に含まれる固有の成分が、我々の健康に有効であるとは限らないのです。日本人が健康に過して行くためには、日本産の伝統的な食材を守らねばなりません。公害や温暖化を防ぎ、日本の自然を守って行きたいものです。

つい便利さゆえに、私達の食生活は、簡単なもの、お手軽なできあい品にながれがちですが、伝統的な食材を工夫して食べる生活が健康への近道かもしれません。
型があっての自由
世界最小の詩形といわれる俳句には五七五、和歌には五七五七七と基本的な型があります。もちろんそれは日本語あるいは日本人が古来より醸し出してきたリズムの伝統から生み出されたものであり、それからはみ出たものも例外的には許されています。

能楽家の狩野了一氏は、「能にも型がある。舞い手はその型の中で如何に自分を表現して行くかが大切で、型の中で自由に表現して行くことが出来て、はじめて観る人に訴えることができる。」と言う意味のことを語っています。

アメリカ南部が発祥と言われるジャズも、当初その多くは8小節単位のストンプと、12小節単位のブルースが、ある約束されたコード進行によって演奏されました。モダンジャズと言われるものもこれをベースにして、アドリブと呼ばれる即興演奏でその独創性を競ったものですが、フリージャズと呼ばれる何でもありの演奏スタイルに変化して、中身の薄いものになってしまいました。

相撲にも型があるとよく言われます。型を基本にして、そこから変幻自在に変化して行くのが大横綱の型と言われるもののようです。ピカソの優れたデッサン力も型の重要性を物語ってくれます。どんな世界にも基本となる型と言うものがあるのですが、型に固執し型に嵌まって、そこから一歩も抜け出せないのでは、一流とは言えないのです。

最近の「何でもあり」の世相も、社会を構成する上での制約、すなわち権利と義務、自由と責任が一体となった「型」が失われていることによるものです。一国のアイデンティティとしての礼節や謙譲、互助の精神を美徳とする「日本の型」の存在をなおざりにしたことに起因しています。国の「型」を見失った政治、経済が報道や風俗などの無節操を生み、これらがやがて亡国に繋がって行くのです。

俳句に戻りますが、以前、英訳された俳句に接したことがあります。ただ単語を並べただけで俳句独特のリズム感を覚えませんでした。これでは芭蕉や蕪村の俳句も形無しです。例えば、3-4-3のSyllableをもってHAIKUの型とするのはどうでしょう。決められた「型」を作り、その中でHAIKUを詠むことにしたら、もっと深みや味が出るのではないでしょうか。

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